2010年12月25日

世界観の作り方

TRPGのオリジナルシステムを作るにあたり、
「世界観」というものは非常に作り手を悩ませる。

造りこみ始めるとキリがない泥沼状態に陥るし、なにより、
作りこまれすぎた設定はイメージしづらく、独自性の強い世界観は
再現性を阻害し、一見さんのプレイヤーを遠ざけてしまう。

逆に薄っぺらいと、そこに生きている住人たちまで説得力を失い、
世界に入り込めず、語られるストーリーまで全てウソに見えてしまう。

帯に短し襷に長し。
この匙加減は本当に難しい。

特にTRPGにおいては、多くの場合世界観はGMによる口伝で
伝えられることが多く、特殊な世界になればなるほど説明に時間を要し、
プレイの妨げとなる可能性が増える。

では、どうするのが正しいのだろうか。
おそらく正解なんてものはないが、僕なりの結論はある。

象徴になるものを作ることだ。

「この世界の大きな特徴は……」

で説明できる世界であること。
何よりも、それが肝要だというのが僕なりの結論だ。
特殊なものはせいぜい3つ。
他の特徴は、その3つの「派生」であることが望ましい。

・MSという巨大ロボットが戦う世界である
・ミノフスキー粒子という特殊な粒子が世界を覆っている
・ニュータイプと呼ばれる存在が生まれている


……ガンダムでいえば、この3要素。

ちなみに、0083が伝わりやすくシンプルな構造なのは、
この3特長のうち、ニュータイプという要素を取り払っているから。
それゆえに、複雑な戦争後の軍を舞台にしても、すっきりとまとまった
わかりやすい印象を受ける。ただし、表現できるものは極端に減る。
短い話数だからこそ成立する手だ。

ジャイアントアレージで行けば、こうだ。

・西部開拓時代の雰囲気の。枯れ果てた荒野の大地が舞台
・殴り合いによる裁判が行われ、被告人は巨大ロボットを操縦する弁護士を、大金で雇う
・大地の中央にある一枚岩の銅山ギアーズロックからロボットと銅貨が掘り出される


それだけを押さえておけば大きくは外さない、という設定を
作れていれば、少ない説明で、プレイヤーのイメージの範囲内で、
一風変わった世界を楽しむことが出来るわけだ。

「派生」というのは、ミノフスキー粒子がわかりやすい。
ホワイトベースが浮くのも、ミサイルが使えないのも、ビーム兵器も
すべてミノフスキー粒子という設定でカバーしてしまっていることで、
設定を非常にシンプルに抑えることに成功している。
特殊で癖のある世界観のジャイアントアレージにも「派生」は必須で、
ギアーズロックに通貨とロボット両方を任せることで、世界観を軽くしている。

特殊なものが溢れかえった世界では、「常識」がイメージできなくなる。
何が「驚くこと」で、何が「あたりまえのこと」なのか。
それさえもわからない世界で、ストーリーなど作れようはずがない。
キャラクターが、生きられるはずがない。

プレイヤーが把握できる世界。
プレイヤーがプレイヤーキャラクターの生活をイメージできる世界。
テーブルトークRPGである以上、何よりも優先されるべきはそこのはずである。
それゆえの、3つの特徴と、そこからの派生。

さて、あなたの世界は、どうでしょうか?


ちなみに、学園モノ、現代モノなどはこの「3つの世界観」の制約を受けにくい。
現実世界の「常識」が、その世界でも変わることなく存在しているからだ。
ゆえに作り手が作りやすく、遊び手がイメージしやすい。
感情移入が必須なエロゲーで学園物が多い理由のひとつは、このためだったりする。

posted by エジンガー at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | TRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月15日

PVPというもの

この数年で流行したTRPGといえば、とにもかくにも『シノビガミ』である。
PVP(プレイヤーバーサスプレイヤー)をウリにしたタイトルだが、
正直、周囲の仲間たちが面白いを連呼しはじめても、
僕はシノビガミが流行るとは思わなかった。

PVPは、敷居が高すぎると思っていたからだ。

以前に、「ソードプリンセスTRPG」というオリジナルゲームを作ったことがある。
このゲームが、プレイヤー4人が二人づつ組んで戦うPVPだったのだ。
ソードプリンセスは、8割がた完成していたものの、致命的欠陥が発見されて結局泣く泣く
お蔵入りしてしまったのだが、その当時の経験から、PVPというものが、
いかにプレイヤーに高い経験値と、柔軟性、そして協調性を要求するか、
ということを僕は知っている。

また、テーブルトークは、勝敗がついてはいけない、もとい、つかないことが
美徳とされるゲームでもある。これはボードゲーム、カードゲームとの決定的差異であり
(もちろん、例外もある)、それらのゲームを選ばず、あえてTRPGを選んだユーザーに、
明確な「勝敗」を突きつけることは、一部の「勝てる」客層を喜ばせることは可能かも知れないが、
TRPGをたしなむ絶対的多数の層には受け入れられないと思っていた。

『PVPは鬼門である』

それが、僕の認識だった。

だがどうだろう。蓋を開けてみれば、シノビガミの評価の高いこと高いこと
恐ろしいまでの伝播力を持って、シノビガミは業界を席巻していった。
当然のことながら、シノビガミの完成度ゆえのブーム、というのはあるだろう。
だが、PVPが世間的に望まれていないものだったのなら、これほどまでの流行が
果たしてあっただろうか。
ここでひとつの推論が立つ。
『PVPを潜在的に望むユーザーは、実は多く存在していた』


あるいは、PVPが望まれる時代が来たのかもしれない。
シノビガミのあとがきにこうある。
「このゲームは忍者ものだけでなく、
 現代を舞台にした様々な伝奇バトルものとして楽しむことができます」
伝奇モノのみならず、シノビガミは様々なライトノベルの世界を再現可能だと、
友人の一人は舌を巻く。PVPを組み込んだがゆえに、
シノビガミは他のタイトルでは不可能なほどの驚異的な再現性を手に入れ、
これにより、多くのユーザーが、PVPの敷居を乗り越えた可能性がある。
『TRPGに必要な「再現性」追求の結果、PVPが導入され、受け入れられた』
これが、第二の推論である。
……だが、現代忍術バトルRPGを謳うシステムだ。
そこまで絶対的な数のユーザーが、このタイトルに再現性を期待するだろうか。
おそらく、否。


もうひとつの可能性は、
『PVPは、シノビガミの流行とは関係ない』だ。
もちろん、その可能性も否めない。
シノビガミのシステムはなにもPVPだけではない。「秘密」を筆頭に、
軽い中にもすばらしいシステムを満載しているのだから。


以上のことはあくまで推論にすぎない。
だが、推測を推測のまま終わらせる必要はないと思う。
一つ一つ突き詰め、可能性を潰していけばいいのだ。

こうして、僕はひとつの提案をするに至る。

『PVPをメインに据えた、再現性の決定的に低いTRPGの提示』


これである。

我が「ドキドキロボ裁判 ジャイアントアレージ」は、
あろうことか「再現性」を持たない。
近似しているアニメやゲーム、ノベルが存在しな世界観で構成した、
「PVP」以外の武器を徹底的に排したTRPGシステムである。

プレイヤー同士の完全決着。

そこに答えはあるのだろうか?
少なくともこれで、僕なりの答えは見つけられるはずなのだ。
posted by エジンガー at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | TRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする